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社長ブログ

「わたし、定時で帰ります。」のクライアント、「星印」の狡猾な交渉術を分析する

「星印」とのやり取りから分析する狡猾な交渉術とその危険性

吉高由里子さん主演のドラマ「わたし、定時で帰ります。」の第八話では、毎日必ず定時で帰る東山結衣(吉高由里子さん)の上司、福永清次(ユースケ・サンタマリアさん)がクライアントの星印に出した予算度外視の無茶な提案が通ってしまい、社員が対応に奔走する様子が描かれている。そこに追い打ちをかけるように星印の担当者、牛松(金井勇太さん)は自社側の作業の遅延を看過した上、さらに納期の短縮を言い出す始末で、東山のチームは窮地に陥ってしまう。そこで、この状況の元凶となった星印のやり取りから、良し悪しは別として「星印」の狡猾な交渉術とその危険性を分析する。

星印の狡猾な交渉術その1:「決裁権限者を決して表に出さない」

東山の会社、ネットヒーローズと星印の打ち合わせでの一幕。種田晃太朗(向井理)と牛松のやり取りを見てみよう。

種田「今日は牛松さんおひとりですか。」
牛松「申し訳ございません。磯貝がですね、急な用事が入ってしまって、僕ひとりでも大丈夫でしょうか。」

この会議以降も牛松の上司である磯貝課長は打ち合わせに全く姿を現さず、電話にも出ないという描写がある。このことから、星印の「無茶な金額で仕事を依頼したことを認識しておきながら、予算を抑えるための内容の調整などは基本的に受け付けたくない」という意図が透けて見える。というのも、決裁権限者を取引先との交渉の場に置かないことで、その場で自分たちに不利な条件について合意してしまう危険性を回避することができるからだ。

この状況は「店長不在のコンビニエンスストア」に似ている。仮に店舗の運営に不備があって客がクレームを入れようとした際に、店長がいれば直接クレームして是正を求めることができるが、店長不在の場合はアルバイトにクレームしても「店長に伝えておきます」の一言を返されるだけで、その場での進展は期待できないのと同じということだ。

ただし、本ケースでコンビニエンスストアと決定的に異なる点は、不備があるのがクライアントである点だ。そのため、現実問題としてネットヒーローズ側は相対的に力関係が弱く、強く訴えることができずにフラストレーションを溜めることとなる。

星印の狡猾な交渉術その2:「担当者が徹底的にパイプ役を演じる」

本ケースにおいて牛松は何一つ自分では判断を下さずに、上の判断を伝えることに徹している。ネットヒーローズ側がコスト圧縮策の実施と運用の約束を求めた際、牛松は「僕だけの判断ではとても」と言って議論すらせずに逃れようとする。また、納期短縮をネットヒーローズに依頼する際には「上からの指示がありまして」と言って自分の判断ではなく、あくまでも上の判断であることを強調する。

これはネットヒーローズの担当者にとっては大変フラストレーションが溜まる事態だ。相手の提案は「上が決めることなので」とかわし、自分からの提案は「上が決めたことなので」と押し付ける。これによって星印は交渉の主導権を自分たちが完全に掌握しようとしているのだろう。

さらに狡猾なことに、牛松は「議論」はおろか「説明」すらしない。納期短縮の件では、牛松は「なぜ短縮を依頼するのか」、その理由を説明していない。牛松が理由を理解できていないか、そもそも知らされていない可能性もあるが、もし意図的に行っているのだとしたら実はかなりの切れ者なのかもしれない。というのも、もし牛松が納期短縮の理由を説明したとすると、その理由についてネットヒーローズ側からより詳細な説明を求められたり、矛盾点を突かれたりする余地を与えてしまうからだ。そうならないために、牛松は自分がただのパイプ役で何も分からないフリをしていたのかもしれない。食えない男である。

星印の狡猾な交渉術その3:「案件をリードしない」

本ケースにおいて、星印は自分たちの要望を伝えるだけで、決して案件そのもののリードを行わない。結果としてネットヒーローズ側が代わってリードしている状況だが、これはこれで厄介な対応と言わざるを得ない。

本来であれば、星印の磯貝課長もしくは牛松はネットヒーローズ側のディレクターのカウンターパートとして、賤ケ岳八重(内田有紀さん)と協力して案件をリードする責務がある。ところがその責務を暗に放棄して案件のリードを丸投げすることで万が一、スケジュールの遅延やアウトプットの不具合が起きた際には「案件のリードはネットヒーローズさんにお任せしていたのに、どうしてくれるんだ」と一方的に責め立てて、その後の交渉を有利に進める素地を作っているといえる。

そのことを見越した上で星印が意図的にリードすることを放棄しているのだとしたら、ネットヒーローズからしたら大変悪質なクライアントであるし、意図的でなかったとしてもリスクが高過ぎて普通なら手を引くところだろう。

ここまで、星印の磯貝課長と牛松の振る舞いを「交渉術」という観点からどのような意味合いがあるのかを分析してきたが、決してこれを勧めているわけではない。こういうやり方を続けていると、長期期には悪い評判が広まって誰も取引してくれなくなる恐れがあるからだ。やはり誠実なビジネスに勝るものはないのである。今後、ネットヒーローズが如何に難局を乗り越えるかとともに、星印がこれまで通りの対応を続けるのか、それとも改心して誠実な対応を取るようになるのかという点にも注目したい。